朝・・・。
激しくドアを叩く音で、オレは目を覚ました。
窓から差し込む明るい光が、容赦ない時間の流れをオレに突き付けてくる。
いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ・・・。
泣きながら眠ったせいか、涙の跡が乾いて頬にこびり付いていた。
なおも続く、激しいノック音。
またヨハンが?
『遊城!いるんだろう?出てきてくれ!』
いや違う。
この声は・・・?
まさか・・・!
「カイザー・・・?」
オレは壁に手を掛け、ゆっくりと体を起こそうとしたが、変な体制で寝てしまったせいか体が思うように動かない。
・・・ドアの向こうでは引き続きカイザーが叫ぶように語り掛けている。
『遊城ッ!何も言わずに消えるなんてして、それでいいと思っているのか!?』
ドアを叩く音がさらに激しくなる。
と、とりあえず・・・ドアを開けないと・・・。
『仕方ないな・・・!!』
えっ・・・?
『仕方ないな』・・・って・・・。
嫌な予感が過ぎり、ドアを叩く音が静まったのも束の間、ドアの外から呻くような声と大きな音が聞こえた。
カ、カイザー・・・。
まさか!!
ちょ、ちょっと!!!
「・・・ふぅ、やっと開いたな」
朝の明るい日差しを背に、開けていない玄関からカイザーは姿を現した・・・。
「や、やっと開いた・・・って・・・」
この状況を『開いた』で片付けるのはド天然なカイザーだけだ。
ていうかカイザーってこんな事するような人だったっけ・・・!?
らしくない行動にオレは目を白黒させる。
「ん、遊城。やはりいたか」
久しぶりに対面したカイザーは以前と変わらない様子・・・。
・・・ってもうナニコレ?
「カ、カイザー・・・ドア・・・」
壊れてます・・・壊されました・・・壊したのはカイザーです・・・。
・・・何て言えば良いんだ、こういう場合?
「あぁ・・・ドアか?壊れているようだな。早く取り換えた方が良い。まぁ、そんな事より・・・行くぞ、遊城!」
えっ、何!?
何だよ!!
そんな事よりって・・・
「え!?・・・わぁ!」
カイザーが左腕を伸ばして近付いて来たと思ったら、オレの目の前で急に屈み込んで・・・あっという間にオレはカイザーの肩に担がれていた。
それも左手だけで・・・!
「な、なぁカイザー!右腕大丈夫なのかよ!?」
担がれながら、一番の心配事を聞いてみた。
・・・出来れば別の形で確認したかったけど、予期せぬ現実を続けて見せられると順序も道理もあったもんじゃない。
「お前一人担ぐ位は何でもない。しかし、軽いな・・・」
「で、でもさ、ちょっと・・・!」
「心配するな。お前に頼みたい事があるだけだ」
頼みたい事・・・!?
オレに・・・?
「な、なら歩いて行くからさ!」
大体、何で担がれてるんだ、オレ?
カイザーの肩の上でじたばたと暴れてみる。
「・・・駄目だ。きっと、逃げ出すから」
「逃げねぇって!!」
とりあえず、カイザーの肩から逃れようと必死で暴れながら主張するとカイザーは担ぐ腕に力を込め、オレを締め付けながら見つめて言った・・・。
「・・・信用できないな。お前は、黙って俺に担がれていろ」
マ、マジかよ・・・。
・・・カイザーは、少しだけ強い口調で言うとオレを担いだまま玄関に歩き出した。
「邪魔だな。このドア」
「邪魔も何もカイザーが壊したんだろ」
「・・・そうだったか?そんな小さな事は気にするな。では、行くぞ」
えっ!?
本当に、このまま・・・担がれたままで?
ドアは・・・?
「行くってどこへ!」
不安と疑問を露骨に出して一応、カイザーに聞いてみる・・・。
「着いてからのお楽しみ・・・だな」
・・・やっぱり。
カイザーは行き先を教えてくれなかった。
どことなく楽しそうで元気な姿のカイザーに少しの安堵感を持つ事が出来たけど・・・オレは一体、この後何処に連れて行かれるんだろう・・・。
カイザーに連れて行かれた先はとあるマンションだった。
いかにも高級そうな外観と、豪華な構え。
車を降り、前を歩くカイザーの後を追いながら何処に向かっているのか尋ねてみた。
「どこへ向かっているんだよ?」
「俺の家だ」
「は?」
唖然とするオレを横目に、カイザーはさっさとエレベーターに乗り込んだ。
カイザーの家?
本当・・・に?
確かカイザーは翔と一緒にボロアパートに住んでいたんじゃ・・・。
オレは半信半疑でカイザーの後を追った。
あまりにもオレにはそぐわない高級な香りがするマンション。
カイザーのイメージには合ってるけど。
エレベーターの中でそわそわと落ち着かない様子のオレを見て、カイザーはフッと口元を緩ませた。
「どうした?」
上を見上げるとカイザーが思ったよりも近い場所にいた。
微笑ましいものを見るような視線がオレを見下ろしてくる。
何となく、オレはその視線にむず痒い気持ちを覚えた。
「べ・・・、別に・・・ただ・・・その・・・」
「ん?何だ?」
きっとオレの考えなんてカイザーにはお見通しだ。
それなのにあえて聞いてくるなんて人が悪い。
「カイザーの給料で、こんな所に住めるのかなと思って。それに翔とのアパートもあるのにさ・・・」
正直に浮かんだ疑問を聞くと、カイザーはさらりと答えた。
「いや、住める訳がない。それと翔のアパートはたまに泊まっているだけだ」
「じゃあ・・・」
エレベーターが目的の階に着いた。
カイザーはさっさと降りて歩きながら言った。
「副業があるんだ。言っただろう?頼みたい事があるって」
「えぇ・・・?」
とある部屋の前でカイザーは足を止め、ポケットから鍵を取り出し開錠した。
本当にカイザーの家なのか・・・。
「入れ」
カイザーはドアを開けるとオレに中へ入るよう促した。
広いリビングに通されると、カイザーはコーヒーでも淹れると言ってキッチンの奥へ向かった。
外観も豪華なら、内装も高級感に溢れている。
GXの幹部応接室にあるようなソファーに腰を下ろした。
なんとなく落ち着かない・・・。
室内を見渡しているとキッチンから何か物を落とす音が聞こえてくる。
右腕が使えないから苦労しているんだろう。
少し困った顔をしながら、それでもちゃんとコーヒーを淹れるカイザーの姿が目に浮かぶ。
しばらくすると、カイザーが淹れてくれたコーヒーを持ってこちらに戻ってくるのが見えた。
左手に引っ掛けられている二つのカップが歩くたびにカタカタ震え、危なっかしくて見ていられたもんじゃない。
思わず立ち上がろうとしたオレを制し、カイザーはカップをテーブルに置いた。
「インスタントなんだが、片手で淹れたから上手く出来たのか分からない。砂糖で調整してくれ」
『片手で』
何でもないようにカイザーはそう言ったが、オレはその一言で償いきれない自分の過ちを痛感した。
「カイザーの右腕を奪ったのは、オレ・・・だよな」
神妙な口調で、カイザーの動かない右腕を眺めながら口にした。
「何だ。そんな事気にしてGXを辞めてしまったのか?」
カイザーの口調は以前のまま、今までと変わらずに接してくれる。
まるで何もなかったかのように・・・。
カイザーの懐の深さに、より自分自身を責め立ててしまう。
何故、あの時・・・
「オレがあの声に従わなければ・・・」
想いが口から零れ落ちる。
「声?」
オレの言葉に、カイザーが一瞬眉をひそめた。
「オレに・・・、オレだけに狙撃命令した声があったんだ」
インカムに鳴り響いていた雑音。
雑音が途切れたその一瞬に出された狙撃命令。
あの声は・・・誰が、何の目的で・・・。
カイザーに何から伝えようかと言葉を探していると先にカイザーが口を開いた。
「・・・あぁ。あの件か」
「あの件!?」
コーヒーを啜りながら冷静に話すカイザーにオレは思わず身を乗り出した。
何か・・・何か進展があったんだろうか?
「・・・事件の数日前、本部に何者かが侵入した形跡が見つかった」
「え・・・?」
「お前のインカムに入り込んだ電波・・・。相手は相当な熟練者だな」
カイザーの説明に息を呑んで聞き入った。
誰かが・・・侵入していたなんて。
「たまたま、細工されたインカムをお前が選んだ。・・・だが、あの事件はただの銀行強盗じゃなさそうだ」
電波ジャック・・・やっぱりオレの空耳なんかじゃなかった。
だとしたら、あの狙撃命令は・・・
「オレもそう思う。オレを使って・・・あの銃撃戦を招いた」
間違いない・・・。
カイザーの言う通り、あの事件はただの銀行強盗事件じゃない。
「お前を使って・・・?何だそれは」
誰かが、何かの目的の為に銃撃戦を目的とした銀行強盗事件。
オレは、あの事件の直後に掛かってきた電話の内容をカイザーに説明した。
自ら首謀格だと仄めかし銃撃戦を楽しむような電話の主を。
カイザーは真剣な眼差しでオレの話を聞き入れ、しばらく黙り込んで何かを考え始めた。
オレはその間、静かにカイザーを見つめ、カイザーの言葉を待った。
「そうか・・・。まあ、もういい。あの事件がただの銀行強盗ではない事は確かだが、後の事は残った連中に解明してもらえばいい」
えっ・・・?
残った連中・・・
「残った連中って・・・、カイザー、まさか!?」
「ああ。そのまさか、さ。俺も辞めてしまったんだ」
言葉がない・・・。
オレの・・・オレのせいで・・・カイザーの人生を変えてしまったなんて・・・。
思いがけないカイザーの言葉にオレは項垂れて自分を責めた。
「そこで、だ。早速、頼みたい事なんだが・・・」
カイザーの言葉に、オレは無言で顔を上げた。
このオレが少しでも償いになるのなら、甘んじて全てを受けよう・・・。
「俺の右腕は、もう使えん。得意の銃も撃てない」
オレは無言で頷いた。
「だから、お前に俺の右腕代わりになって欲しい」
「右腕代わり・・・って、さっき言ってた副業の事か?」
「・・・そうだ。それはパソコンを使用する」
真剣な眼差しで何を言われるのかと息を呑んで聞いていたが、パソコン・・・?
釈然としないオレの様子に、カイザーはボソリと照れくさそうに呟いた。